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東京高等裁判所 昭和28年(行ナ)19号 判決

原告 株式会社日東商会

被告 イーグル・ペンシル・コンパニー

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は特許庁が同庁昭和二十五年審判第一一九号事件につき昭和二十八年五月三十日にした審決を取り消す、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として

(一)  原告は登録第三七六〇四八号商標の権利を有するところ、被告は連合国人商標戦後措置令(以下単に措置令と略称する)に基ずき、昭和二十五年九月三十日に原告を相手方として特許庁に対し右商標の取消を求め、右事件は同庁昭和二十五年審判第一一九号事件として審理された上、昭和二十八年五月三十日に「登録第三七六〇四八号商標の登録は之を取消す、審判費用は被請求人の負担とする」との審決がされた。

(二)  而して右審決はその理由として被告所有の登録第八七一五五号、第二〇六五七六号及び第一九九九八一号各商標を引用し、原告の本件登録商標は右引用の各商標と互に外観では相違しているけれども、称呼及び観念上から見ればその鳥の図形の胸部上方から頭部にかけ羽毛がなくてもその図形からは「コンドル」の称呼観念だけが生じ、「鷲」又は「イーグル」の称呼観念が生ずるものでないとは断じ得ない、何となれば両商標の鳥は共に猛禽類特有の嘴と爪とを顕著に表わしている上にその勇姿から推して一般世人は之を「わし」又は「イーグル」と称呼観念することが不自然でないからである、と言うにある。

然しながら原告の本件登録商標はコンドル(禿鷹)が頭を左向にし、両翼を胴体につけ肩を怒らして起立した状態を描き、下半を欠除した円形輪廓で囲んだものであつて、登録第三七六〇八二号商標「Condor」の連合の商標として登録されたものであるところ、被告の所有する審決引用の登録第六三四二六号商標は鷲が頭を左向にし、両翼を拡げ飛翔している状態を描き、その右に「EAGLE」の英文字を結合させて成り、又登録第八七一五五号及び同第三〇六五七六号の各商標は共に鷲が両翼を拡げ、横長の方形箱形内の上方に乗つて飛翔しようとしている状態を描いて成り、又登録第一九九八一号商標は月桂樹を矢型に円孤状に描き、その上に鷲が頭を右方に両翼を拡げた状態を描き、左方に「140」の数字を結合して成るものであつて、本件登録商標とは外観上いずれも著差があるばかりでなく、之等図形の鳥は大別的には同じ猛禽類に属するとしても、「コンドル」は「ハゲタカ」と称せられる「タカ」の一種であつて、その胸部上方から頭部にかけて羽毛がないはげた鳥であることは顕著なところであつて、頭部胸部にかけて硬羽を有する「イーグル」即ち「ワシ」とは社会通念上その称呼及び観念において判然と相違し、その事は同じく猛獣類である「ライオン」と「タイガー」とが共に特有の鋭い牙と爪とを有しているけれども、一般世人にたてがみを有する前者が後者と誤認されることがないのと異るところはなく、尚他の類の商品については両鳥が互に相違するものとして商標の登録を許されている実例が多数存し、実際の市場に於ても両者は明らかに区別されており、審決の理由は叙上の経験則に違反するものであつて、このような理由の下に被告の請求を認容したのは不当である。

(三)  よつて原告は審決の取消を求める為本訴に及んだ。

と述べた。

(立証省略)

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、

原告の請求原因事実中(一)の事実を認める。同(二)の事実中原告主張の登録第八七一五五号、第三〇六五七六号及び第一九九九八一号の各商標が原告主張通りの構成のものであることは認める。原告の本件登録商標が登録第三七六〇八二号商標の連合商標として登録されたものであることは不知。本件登録商標が引用各商標と外観上のみならず称呼観念上に於ても原告主張のように相違しており、審決の説くところが経験則に反すると言う原告の主張は争う。

審決の説いている通り原告の本件登録商標は下端部に間隙の存する円輪廓内に猛禽類特有の嘴と爪とを有し胸部上方から頭部にかけて羽毛のない鳥が直立して正面を向き首を左方に向けた図形を描いて成り、第五十一類クレオン、パステルその他本類に属する商品を指定商品とし昭和二十二年九月十二日登録を出願され、昭和二十四年六月十一日に登録されたものであり、又被告の有する登録第六三四二六号商標は首を右に向け両翼を拡げて飛翔する鷲の正面図の右側に「EAGLE」の文字を横書して成り、旧第五十一類鉛筆、石筆、ペン、ペン軸、筆、墨、朱墨、硯白墨、蝋筆、万年筆、インキ入、字消ゴム、文鎮、筆入、筆立、筆架、その他文房具一切を指定商品とし、大正二年十月二日登録を出願され、大正三年二月十九日に登録され、昭和十年五月二十四日存続期間更新登録されたものであるところ、前者の図形中の鳥は前記の通り胸部上方から頭部にかけ羽毛がないけれども、猛禽類特有の嘴と爪とが顕著に表わされてあり、且その勇姿から推して一般世人が之を「鷲」又は「イーグル」と称呼観念することが自然であり、従つて鷲の図形と「EAGLE」の文字とによつて「鷲」又は「イーグル」の称呼観念を生ずることの明らかな後者の商標と類似の商標であつて、従つて前者は之を後者と対比した場合世人をして誤認混同せしめる恐れがあるから措置令第七条第一項第一号の場合に該当するものである。又前者の指定商品が後者のそれと同一又は類似であつて、その商標を使用する営業部門が互に同一であるから、本件登録商標は措置令第七条第一項第二号にいわゆる指定国人の取扱に係る商品と誤認若くは混同を生ずる恐れがあるものである。更に被告の商標は国内に於て広く認識されており、且本件登録商標の登録出願前である昭和二十二年九月十二日以前に使用されていたのであるから、本件商標は措置令第七条第一項第三号及び第四号所定の要件をも具備している。然らば本件商標の登録は措置令第七条第一項により取り消さるべきものであり、原告の請求は失当である。と述べた。

(立証省略)

理由

原告の請求原因事実中(一)の事実は被告の認めるところである。成立に争ない乙第二号証によれば原告の本件登録商標は第五十一類クレオン、パステルその他本類に属する商品を指定商品とし、昭和二十二年九月十二日登録を出願され、昭和二十四年六月十一日登録されたものであり、円形輪廓内に猛禽類特有の嘴と爪とを有し頭部に羽毛なく、肩部に襟巻状の白毛を有する鳥が翼を収めて体を正面向とし首だけ左方に向けて直立している図形をその脚部その他右図形の下部を右円形輪廓からはみ出させて右輪廓一杯に描いて成ることが認められ、又成立に争ない乙第一号証によれば審決に引用された被告所有の登録第六三四二六号商標が被告主張通りの旧第五十一類商品(現行商品分類第五十一類全部に該当)を指定商品とし、大正二年十二月二日登録を出願され、大正三年二月十九日に登録され、更に昭和十年五月二十四日存続期間更新の登録がされたものであり、首を右に向け両翼を拡げた鷲が二本の矢を掴んでいる図形を描き、その右側に「EAGLE」の文字を横書して成るものであることを認めることができ、以上の認定を動かすに足る資料は存しない。よつて右両商標を比較するに、前者の商標に於ける鳥はいわゆるコンドル即ち禿鷲を表わしたものと認められるけれども、又その猛禽類特有の嘴、爪及びその威容を一見した場合自然「鷲」又は「イーグル」と称呼観念されるものと解すべきであり、後者の商標の鷲の図形及び「EAGLE」の文字が「鷲」又は「イーグル」と称呼観念されることは勿論であるから、両者は共に「鷲」又は「イーグル」と称呼観念される点で相類似しているものと解すべく、従つてこの両者を対比した場合にその間世人に誤認もしくは混同を生ぜしめる恐れがあるものと認むべく、又前記認定したところによれば両者は何れも現行商品分類第五十一類の商品を指定商品としているから、原告が前者の商標をその指定商品に使用した場合、その商品が被告の取扱に係る商品と誤認もしくは混同される恐れがあるものと認めなければならない。本件にあらわれたすべての資料によつても以上の認定を覆えすに足りない。

次に当裁判所の真正に成立したものと認める乙第六及び第七号証、成立に争のない乙第八号証の一、二、第九号証、第十号証証人森晋平、数原洋二の各証言を綜合すれば、被告の右各商標を使用した被告の商品なる鉛筆が明治末年頃以来日本に輸入され国内に於て広く販売され昭和五年頃でも東京市内の店頭で販売されていたこと、又戦後は右商標を施した被告の鉛筆は米国駐留軍で使用され、尚このような鉛筆が人事院の試験採点用の機械等に取りつけて使用され、ライフ、サタデー・イブニング・ニユーズ等のアメリカ合衆国の雑誌にもこのような鉛筆の広告が掲載された事実が認められ、尚右雑誌が戦後間もない頃から国内に於て広く読まれたことは当裁判所に顕著なところであつて、本件にあらわれたすべての資料によつても以上の認定を動かすに足りない。

而して被告がアメリカ合衆国の法人であつて、措置令第七条第一項にいわゆる指定国人に該当するものであることは本件弁論の全趣旨に徴して明らかであるから、原告の本件登録商標は同令第七条第一項各号所定の要件を具備しているものと言うべく、従つて被告の右第七条第一項に基ずく本件商標の登録取消請求を認容した審決は正当であつて、原告の本訴請求は理由のないものであるから、民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 高井常太郎)

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